三体シリーズ最終章、読了
そういえば去年の今頃は三体と三体II読んでたな・・
三体IIIってそろそろ発売されてる頃ではなかろうか?と
調べたらなんと5月に出版されてた!
翻訳のメンバーのみなさん、かなり頑張ったのですね!
本当にお疲れ様でした、と言いたい。
巷で言われてる通り三体IIがあまりに凄かったんで
続きはどうなるんだろうと思ったけど
三体IIIも素晴らしい作品でした。
この作者、凄すぎる。スケールが違いすぎる。
こんな壮大な話が書けるってただものじゃない。
わたしは決してSF好きなタイプではなかったし
SF小説も映画も難しそうってイメージがあって
これまで触れずにいたんだけど
三体はやっぱりすごい。
確かに難しい部分もいっぱいあって
わたしってやっぱり文系なんだなぁとか
ちょっとおバカさんだなぁとか
(珍しく!?)思っちゃったりしたけど
でもでも、この世界観に浸っちゃったよねー。
地球や太陽系のことが心配で
朝目覚めからソワソワしてしまったりとかね笑
とにかく読んでみて!としか言えないですな。
読書メモ
自分のためのメモ。
<三体III(上)>
地球の大気組成はいまとかなり違っていただろうし、たぶん紫外線や太陽風をじゅうぶんに遮蔽でき なくて、その結果、海が蒸発して
→人類がいない方が紫外線など遮断できたのではないかと思ったけど実際はどうなんだろう?
カフカの小説を思い出した。小説の中で主人公が父親と口喧嘩をはじめたとき、父親はおまえなんか 死んじまえと罵り、息子はそれに応じてこう言う。よし、死んでやる。息子の口調はまるで、ゴミを 捨ててくるとか、ドアを閉めてくるとかいう程度の軽さだった。息子はすぐに家を出て、道を横切 り、大きな橋まで走っていくと、そこから飛び降りて死んでしまった。カフカは執筆当時のことを回 想して、このくだりを書きながら、一種の〝射精のような快感〟を得たと述べて
→SF小説なのに純文学とか有名絵画とかが出てきて奥行きの深さを感じる。
嵐の翌朝のように甘い香りがし
→秀逸な表現。好き。
いまの時代、義務感と道義心はどっちも理想なんかじゃない。どちらかが過剰になる
社会圧力性人格障害と呼ばれる心の病だと見なされ専門家の分析によれば、通常の場合、科学技術は全体主義を排除する力になりうるが、文明の生存を おびやかす危機が起きた場合には、同じ科学技術が新たな全体主義を生み出すこともあり
→未来の設定でこういうセリフや表現が出てきてて粋。
日本の茶道における四つの心得を示す〝和敬清寂〟の世界
→茶道の心得を示す標語。意味は、主人と賓客がお互いの心を和らげて謹み敬い、茶室の備品や茶会の雰囲気を清浄にすることという意である。特に千家ではこの標語を千利休の定めた「和」、「敬」、「清」、「寂」を表す「四規」として重要視している。しかし利休と同時代の確かな資料には見られないことから、学術的には利休の言葉としては認められていない。(ウィキペディアより)
「すべての村は消え失せすべてのタイアハは折られた。 わたしたちはここで、 飲み、食べ、花を愛 でた。 だがおまえたちは、ただ石を撒いた」フレスが吹くディジュリドゥと同じように、この詩は 程心の心に響いた。 「二〇世紀のアボリジニ詩人、ジャック・デイヴィスの詩だ
→アボリジニの詩人の作品まで紹介されているという知的ぶり。
いま、この残酷な宇宙では、昔からずっと、生きているだけで幸運だったの。でも、いつからか、人 類は幻想を抱くようになった。自分たちには生きる資格があり、生きていることは空気のように当た り前のものなんだという幻想をね。それが、みなさんの失敗した根本的な理由。進化の旗が、いまま たこの世界に掲げられ、みなさんはこれから生存のために戦うことになり
→この作品を通じてやんわりと、でも複数回表現されているテーマ。激しく同意するし、この作品が好きになった動機にもなったかも。
リングの重なりだ。この四次元性の質感は心に強い印象を与え、仏教の教えに言う〝 芥納須弥(「須弥山を芥子粒の中に納れる」の意)〟の感覚を見る者に味わわ
→芥納須弥【芥(かい)に須弥(しゅみ)を納(い)る】
小さな芥子(けし)の粒の中に、仏教世界の中心に高くそびえる須弥山(しゅみせん)を入れる。大小や高低などの相対的な比較を断ち切った、自由自在な心。
400年程前に地球が巨大な磁石のようなはたきをすることが明らかになった。400年が経ち、今では小学生でも方位磁石についても勉強をし、地球が巨大な磁石のような働きをすることを知っている。「地球は大きい、磁石は小さい」といった比較せず思い込みを捨て去り自由な発想を信じて突き進んだから真実の姿が見えたのだ。
宿舎の壁には、夜の街を走る車の中に街灯が投げかけるような光のすじが躍って
→好きな表現。
<三体III(下)>
解説・訳者あとがきも秀逸。必読。
こちらによると<三体>作品中の数字が桁が3つくらいズレてるものがあったりするそうなんだけど
科学ド素人のわたしは全く気づくはずもなく。
宝樹『三体X 観想之宙』
→<三体>三部作の熱狂的なファンだった宝樹が”<三体>ロス”を癒やすために描いた作品。日本未公開なので今後に期待。
ついついキンドルで線引きするのを忘れて読み進めてしまったので
メモはこれでおしまい。。。